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アートとカルチャー
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ダンスとドラマ |
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バリ人のライフスタイルは彼らの舞踏に表現されている。彼らの舞踏から私たちはバリの宗教形態だけではなく、日常生活にかかわる文化的イベントを理解することができる。そしてそこからバリ人たちがどのように自然や動植物に対応しているかを知る事が出来る。
ダンスやドラマはバリ人の文化の本質だ。これらは通常、寺院の祭り事や儀式の際に執り行われる。また最近はホテルなどでもダンスパフォーマンスが行われる様になった。
バリの舞踏はバリの歴史によるとジャワ島からもたらされたとされている。ジャワのイスラム教の流れから来たとされるジャワの文化はバリから消え去ったが、今もバリの古代文化の一部として残っているものもある。
バリの舞踏は彼らの宗教と切り離しては語れない。たとえ観光客に対して踊る際でも、踊り子たちは家族の寺院に参り、神にタスク(インスピレーション)を祈る。
舞踏は多くの行事にかかせない。神々や悪を訪れる際の媒介として踊り子たちはその役割を果たす。それは神々を迎える時でもあり、神々を喜ばせる時でもある。
バリのダンスの基本的な姿勢は、足をかるく曲げ、胴体の一方に重心を置き、ひじを上げて指や手で表現をする。胴体は腕とは対照的な動きをする、つまり腕が左なら胴は右、またその逆といった形だ。
ラーマヤナ
ラーマヤナの物語はバリ人に多大な影響をもたらしている。多くのダンスはこの物語をベースに作られている。
バリのラーマヤナはインドのそれとは違う。物語は、ラーマはアヨディア王国の第一王子であるが、王の第二夫人が自分の息子を王位につけたいが為に、王に取り入りラーマ王子とその妻を
王国から追放するように仕向ける。
父親を尊敬するラーマ王子は、最愛の妻シータと弟のラクスマナと共にダンダカの森へと入って行く。通常はここで一幕が閉じる。
ラーワナという、アレンカの悪魔の王はシータ姫の美しさにひかれ、彼女を自分の第二夫人にしようと企む。ラーワナはマリチャという騎士を送り、金色の鹿に姿を変えてシータ姫の気をひく。シータ姫は王子に金色の鹿を捕まえてくれる様に頼む。
次の幕ではラーマ王子が首尾よく金色の鹿を射止めるのだが、矢が当たると鹿はマリチャにもどってしまう。その頃シータ姫は遠くで助けを呼ぶ声を聞く。兄から姫の身の安全を頼まれたラクスマナは、その泣き声があやしいものである事を姫に告げるのだが、姫は聞き入れずラクスマナに、誰だろうが行って助ける様に頼む。ラクスマナは防衛柵を作り、どんな事があっても柵から出ない様に頼んで出かける。
シータ姫が防衛柵の中に守られていると知ったラーワナは年を取った司祭に化け、シータに飲み物を頼む。疑いもせずシータは手を柵の外へ出し、老人に水を差し出すとラーワナはその隙にシータの手をつかみ、彼女をアレンカの自分の宮殿に連れ去ってしまう。
道中、ラーワナは巨大なワシ、ジャタユーに出くわす。ジャタユーはシータを悪魔の王から助け出そうと戦うが最後にはラーワナに殺されてしまう。
死んでいるジャタユーを見つけたラーマ王子とラクスマナは、そこで初めてシータ姫に何がおこったかを悟る。
妻を救う為、ラーマはハノマンと彼のサルの軍団に助けを求める。ハノマンはシータ姫が宮殿の庭にいるのを発見する。ラーワナに結婚を迫られたシータ姫は死のうとしていたがハノマンが自分はラーマ王子の使いだと説得し、彼らの計画を伝える。
ラーワナはハノマンを捕まえ、尾に火をつけるがその際宮殿の庭園にも火がついてしまう。
花火を使った演出が印象的だ。
最終幕では, ラーマ王子と彼の軍隊がラーワナの宮殿に攻め込む。そしてついにラーマ王子はラーワナを殺し、妻を救い出して自分の国へと帰る。
要約したバージョンはここで終わっているが、カマサンスタイルの絵画でラーマヤナ物語を見ると、最後の場面ではシータ姫は彼女の純潔を証明するために自ら火の中へ身を投げる。夫への忠誠を守ったシータを神が火の中から救い出し、その後彼女はラーマ王子と末永く幸せに暮らす。
又インドのバージョンでは終わりが大きく異なる。シータは大地の母に助けられ、夫の元にもどる事は無い。
歓迎の舞い - タリ パニェンブラマ
パニェンブラマはバリのソーシャルダンスの中でおそらく最もポピュラーなものだろう。パニェンブラナは神々の島を訪れるゲストに敬意を払い、歓迎する為の踊りだ。
4人または8人の少女が銀やアルミで出来たボコールという花の入ったボールを持ち、ガムラン演奏にあわせて踊る。
踊りの間、花びらをゲストや観客に散らし、歓迎の意を示す。パニェンブラマには、レジャンダンス、ペンデット、ガボールといった神へ奉げる聖なる舞で使われる動きを多数取り入れている。ペニェンブラマと宗教的な寺院でのダンスは、執り行われる場所が違うがどちらも歓迎の意味を持つダンスである。
タリ ペニェンブラマはバリの踊りの中ではレゴン (単独のダンス)のカテゴリーに入る。というのは他のダンスと違いストーリー性がなく、歓迎と余興のみの為の舞踏だからだ。
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パニェンブラマを踊る少女たちの微笑みや親しみやすさ、ホスピタリティーは観客を魅了し、ショーのオープニング等でもよく使われる。
ユダパティ ダンス
ユダパティダンスは女性が男性の役を舞うものだ。ユダパティのユダの意味は戦争、パティは死を意味する。この舞踏は1987年にバリス
ダンスをもとに創られた。
踊り子は典型的な男性の衣装、帽子やシャツ、皮のベルトや装飾品を身に付けている。女性が男性に扮するのは、この踊りの持つ動きが女性の方が合っているからだとされる。
男性の舞を女性が踊る事をベバンチハンと呼ぶ。この他にも マルガパティ、トゥルナジャヤ、プラウィレンプティ、ウィラナタ、ダヌールダラ
などのダンスがある。これらは男性的な役の解釈や表現力が要求され、なかなか難しいとされている。ユダパティダンスは、基本的には宗教的目的で舞うものだったが最近では観光客の為にレストランなどで披露されることもある。
ゴパラ ダンス
この踊りでは人々の素朴でシンプルな生活様式を垣間見ることができる。1984年に創られたもので、通常5人の男の子の踊り子が舞う。ゴパラダンスはおもしろおかしく作られた楽しい踊りだ。
.ゴパラのテーマはライスフィールドで牛の世話をしながら遊ぶ子供たちの世界を描いたもので、子供たちは幸せいっぱいに遊んだり踊ったりしながら彼らの個々のキャラクターが浮き彫りになる。皆なまけたりせず、家畜の世話を良く見ている。
観客は皆、今の様に仕事や街の喧騒に追われず、昔人々が平和に暮らしていた頃の事に思いをはせる。
セマラヤナ ダンス
言うまでもない事だが、芸術の表現の仕方には様々な形がある。音楽、絵画、詩、演劇、彫刻等など、そして舞踏もそういった芸術表現の中でポピュラーなもののうちの1つである。芸術家たちは様々な媒体を駆使するが、この1994年に開発されたセマラヤナダンスの場合も同様の事が言える。これはニ・ニョマン・スリ・アルミタがデンパサールのインドネシア芸術アカデミー
で彼女の卒業作品として創られた作品だ。
主役はダハ王国の王女、デヴィ・チャンドラ・キラナ、彼女は行方不明になった恋人を探す為に男性に扮している。
肩までの長さの髪の毛は100年前のジャワやバリでは女性とは思われない。そしてバリの男性のシンボルであるデスターと呼ばれるかぶり物を頭に巻く事で彼女は道行く人々から男性だと思われる。
.バリの男性は今でも儀式などの時にはデスターを着用する。これは金色の糸を用いた豪華なものが多い。
デヴィはとうとう恋人を見つけるのだが、彼女の変装やその場の状況で2人は戦うことになってしまう。乱闘の際に姫のデスターが頭から落ち、恋人のラデン・イヌ・ケルタパティはそこで初めて彼女だとわかり彼女の元へ走る。
そしてもちろん、最後はハッピーエンドだ。
バロンダンス
バリに数々の神話や伝説があるように、バロンダンスにも様々なバージョンがある。バロンケット、バロンアス(ドッグバロン)、バロンマチャン(タイガーバロン)、バロンバンカル(ピッグバロン)、バロンガジャ(エレファントバロン)等などだ。
その中で一番よく知られているバロンダンスはクンチセラヤだろう。物語の筋はとても興味深く、神の超人的力が人間を通してあらわされているのが効果的な演出だ。
ハスティナプラの王族、デヴィ・クンティが病に苦しんでいる。彼女はドゥルガ女神に助けを求めるが、女神は彼女の息子であるサハデワ王子と引き換えに健康を渡すと告げる。
デヴィは病から回復し、その代償を払う時がやってくる。彼女は後悔するが、約束は約束だ、女神の家来が彼女をトランス状態にして身体へ乗り移ると彼女は恐ろしい化け物になり、
サハデワを無情にも叩きのめしてしまう。そして彼を森へつれていくと木に縛り付けた。だが、ほどなくしてサハデワは神によって永遠の命を与えられ、彼女は女神から息子を救う事が出来る。
サンヤン ジャラン ダンス
サンヤン ジャラン ダンスは踊り子がクスルパン というトランス状態になって行われるダンスだ。トランス状態の踊り子は燃え盛る石炭の上をあたかも冷たい水の上を歩いているかのごとく、落ち着いたステップで踊る。
この舞踏は踊り子がトランス状態の際に神や霊的存在が身体に移りこむと信じられている。
古代ヒンズー前史にさかのぼりバリの人々がまだ舞踏で病などを治療できると信じていた頃に始まったものだ。通常、バリ暦の5番めまたは6番めの月に行われる。
戦いの舞- ゲブグ エンデ
ゲブグエンデは舞踏と武勇が組み合わされたもので、通常2人から60人の男性の踊り子たちがステージ上でダンスと戦いの様を繰り広げる。踊り子たちは皆50センチはあるラタンの棒を武器に
エンデ.という盾を持っている。公演では2人の男たちが互いに棒とエンデで戦う。これを
ゲブグエンデ と呼ぶ。舞踏では失敗は許されない。さもなければ、どちらかが負傷することになるからだ。
グブグエンデには参加者全員が守らなければならない約束事がある。審判員に導かれ、ダンスは2人の踊り子が円陣で休みながら他の者たちと談笑している所から始まる。審判員がその戦いの勝利者を決めると負けた者はステージをおり、また新たに挑戦者がステージにあがる。これを繰り返していくが、時として踊り子が戦いの間にステージ外に放り出されたりするアクシデントさえある。この舞踏では傷やアザは付き物だ。
レゴン トゥルナジャヤ - 愛と情熱の踊り
トゥルナジャヤダンスは若者の愛と情熱を表した踊りでその動きは情熱的だ。
トゥルナとは 'シングル'という意味、またジャヤは’勝利’を意味するもので、それだけでこの踊りのもつ意味がわかる。踊り子は通常若い女性で、男性の役の踊りをする。女性達は
‘デスター’という、男性の付ける衣装をまとい、‘カンチュット’という布をつける。トゥルナジャヤは普通は1人の女性が踊るものだが時には2人の場合もある。この場合は2人の動きがピタリと息の合ったものでなくてはならない。‘ゴング・ケブヤール’のリズミカルなビートと踊り子のハーモニーが美しい。製作者はバリ北部のシンジャラジャに住むワヤン・ワンドレスである。
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